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企画
黒須信雄展
KUROSU Nobuo
2003.05.12(月)―05.24(土)

 | 作家コメント |

 光に光度がある如く闇には闇度と云うべきものがある。天岩戸の挿話が我々に知らしめるものはまさにこの闇の段階性に他ならない。天照大御神が姿を隠すことにより光が喪われたのなら、この女神生誕以前に光はなかったことになるが、然るに伊邪那岐命は妹伊邪那美命の黄泉戸喫してのちの醜怪な変身を目の当りにしている。此処には明白に見ると云う行為が成立しているわけである。とすれば、尠なくとも当初の国産みの段に於ては光を介在させることなく一切が見られていたことになる。然しこれは、「完膚なき闇黒の不可視性から可視性へと至るに必ずしも光を必要としない」を意味してはいまい。寧ろ、光と闇とは可視に関しては同等に与しているのであり、見ることは<闇に於て見る>と<光に於て見る>と云う二様に本然として分節されていると見做す方が自然だろう。光の根底は闇であり、一方光の窮極は闇である。これは存在の自己限定の仕業だろうか?出現が未出現と変わることなき存在者の眼には、真なる意味では闇も光も把捉できない以上、我々がそれを判定することは不可能である。にも関わらず、どうして我々は不可能な問いを発することを逃れないのか?<闇度に於て見ることの忘失>は我々に見ることを強いて止まない。

→2005年の個展/exhibition in 2005
→2007年の個展/exhibition in 2007
→作家経歴/Artisit's biography



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